というわけで、知人がSNSで紹介していた本を買って読んでみました。感想を一言でいうと、とても不思議で楽しい本でした。

菱形のチェッカーフロアが印象的な表紙の本書は2000年に日本語が出版され、オリジナルはおそらくドイツ語ですが、1997年に出版されました。
私がイギリスに渡った頃に出た本なので、どんなに悔しがっても小学生の頃に読めなかった本ですが、もし今、小学生のお子さんがいる方がいらっしゃったら、ぜひ一緒に読まれてはいかがでしょうか。
もちろん、子どもだけじゃないです。
算数や数学に苦手意識のある人にもおすすめです。
これを読むと、苦手意識がある人の原因(先生だったりテストだったり)や「算数や数学だ」と捉えていたものが、数学と無関係だということがわかります。
私は文系脳を持って生まれた…つまり、算数や数学が先天的に苦手な頭脳を持って生まれたというより、自分が興味を持てることは超吸収するけれど、持てないことは全く受け付けないという癖のある脳を持って生まれたみたいです。同じ癖を持つ人はきっとたくさんいます。
そんな私ですが、学校の算数の授業で、ケーキの挿絵と共に、人数に合わせて公平に分割する…というストーリーが書かれている間は興味が持てていたのかもしれませんが、それ以降は、先生たちも、教科の魅力をアピールしていたような方々ではなかった(ように思えた)ので、すっかり興味を持てなくなったのでした。
この本を読んで、ここ数年で気づき始めていたことではあったのですが、私が算数や数学だと思っていたこと以上に、数字は奥深く、あらゆるものを語れる言語のようなものだと改めて実感しました。
数のボリューム感
ロンドンでスペイン語の語学学校に通っていた時に、先生が言ったことがこれです。
「数字の感覚を外国語で体感できるようになるのって結構難しいのよ。英語で10がスペイン語でDiezなのはわかっても、Diezと発した時に、英語で10って言ってた時のボリューム感を感じれているかっていうと、ま、10ぐらいなら感じれるかもしれないけど、もっと桁が進んだ数字も感じれるようになるまでには時間がかかると思う。」
と、こんな感じのことを言い、当時のクラスメート(半分がイギリス人、他は私のように母国語が英語じゃない人)は「うわぁ〜!その通りかも〜!」と盛り上がったのでした。
いや、語学に関わらず…ですが、数字のボリュームを捉えるのって難しいのです。
単位はなんでも良いのですが、10なら、大体どんな単位(本、個、円、ドル、人、台、km…)でも感じやすいですが、100だとどうですか?
まだいけますか?では、1000はどうですか?
私はkmだと怪しくなってきましたよ。1000km、自分が一番よく知る手段で旅するとどれぐらいの時間がかかるか?すぐに浮かびますか?浮かんだとして、それを実際に体験した時に、自分の体がどう感じるか思い浮かびますか?ボリュームを捉えるってそういう意味です。
では、1万、10万、100万なら?1000万なら?1京は?
桁数が上がりすぎると単位に関わらず、脳がついていけなくなる感じってわかりますか?
そうやって考えてみると、普段の生活で口にする数字のボリューム、捉えないまま使ってるなぁって思うことありません?
ホップに大根にびっくりと…
ロバートが数の悪魔と、自分が生まれた年1986という数字について話す時、ホップという表現が出てきます。ホップは累乗のことで、10の二乗は「10を2回ホップさせる」になります。ホップというと、英語だとHopで飛ぶ、跳ねるという意味なんですが、これが素晴らしいのです。この表現が数のボリュームを体感することに繋がっていくのです。
なぜか?ホップを使ってロバートが自分の生まれた年1986は、「6を1回ホップさせたもの+8を10回ホップさせたもの+9を100回ホップさせたもの+1を1000回ホップさせたもの」と理解した時、私にも1986の数字のボリュームが伝わってきたのですから!
他にも大根(√)やびっくり(階乗)なんてのも出てきます。
自然の中に見つける楽しみ
フィボナッチ数も出てきます。シーンはジャガイモ畑でうさぎが出てくるのです。



木々(自然)に癒されるのはフィボナッチ数があるからなのでしょうか。昔、フィボナッチヒーリングというのをやる知人がおりましたが、当時は全く意味が分からずでした。今なら「なるほど〜」です。
というわけで今回は「数の悪魔」という本を紹介しました。








