私たちはよく、人生がうまく進まない理由を探します。
もっと努力が必要なのかもしれない。
勇気が足りないのかもしれない。
覚悟が足りないのかもしれない。
まだ何か学ぶべきことがあるのかもしれない。
そうやって、理由を自分の中に探します。
もちろん、そこに答えがあることもあります。
でも私は、いつもそうだとは思っていません。
船と海は別のもの
人生を航海に例えるなら、
私たちが責任を持てるのは船です。
船を整えること。
燃料を積むこと。
航海術を学ぶこと。
コンパスを使えるようになること。
そういうことはできます。
でも、海は私たちのものではありません。
風向きも。
潮の流れも。
天候も。
他の船も。
自分では決められません。
どれだけ準備をしていても、
思うように進まないことがあります。
そしてそれは、必ずしも準備不足とは限りません。
自分の責任ではないこと
真面目な人ほど、
すべての理由を自分の中に探します。
進まないのは自分のせい。
うまくいかないのは自分のせい。
まだ何か足りないからだ。
そう考えます。
でも時には、
ただ風が吹いていないだけのことがあります。
まだ条件が揃っていないだけのことがあります。
他の誰かの準備が整っていないこともあります。
環境そのものが変化の途中にあることもあります。
その時に必要なのは、自分を責めることではありません。
海には海の事情があることを思い出すことです。
だから何もしなくていいわけではない
ここで一つ、誤解してほしくないことがあります。
海に事情がある。
だから待てばいい。
という話ではありません。
船は整える必要があります。
燃料も必要です。
航海術も必要です。
出航の準備は、私たち自身の仕事です。
なぜなら、風が吹いた時に、
準備のできた船だけが出発できるからです。
波紋の始まり
世界には、自分では変えられないことがあります。
それは事実です。
でも、だからといって自分の船を放棄する理由にはなりません。
私たちは海を支配できません。
けれど、どんな船長でいるかは選ぶことができます。
自分の船を整える。
航海術を磨く。
必要な時に助けを求める。
必要な時に誰かを助ける。
その積み重ねは、小さなことのように見えるかもしれません。
でも私は、そういうものが波紋のように広がっていくのだと思っています。
ここから始まる
もし今、思うように進んでいないなら。
理由をすべて自分の中に探し続けなくてもいいのかもしれません。
もちろん、
船を整えることはできます。
航海術を学ぶこともできます。
でも、海まで背負う必要はありません。
船は自分で操縦する。
でも海は自分のものではない。
その両方を知ることが、主体性の一部なのだと思います。
だから今日も。
船を整える。
向きを確かめる。
そして、風が吹いた時には出航できるように。










